井ゲタ竹内|味付もずく・淡塩さばなどの製造販売

創業精神・理念

「井ゲタ竹内の想い」







「井ゲタ竹内」という社名の由来

1947(昭和22)年・竹内佃煮製造所の創業当時から、二重井桁マークを「井ゲタ印」として使用していました。心をこめた商品作りの証としてデザイン化したものでした。

そもそも「井桁」とは、井戸の上部に、木や竹を使って頑丈に「井」の字に組んだもののことをいいます。「井」の字に組んだ「井桁」はとてもがっちりした強度を持ち、丈夫な井戸をつくります。
この形のように、社員全員で心と力を合わせて協力して井ゲタの結束を組めばどんな困難にも乗り越えられる。そんな強い会社になってほしい、との願いをこめて、1960(昭和35)年に、社名にも「井ゲタ」を冠して、「井ゲタ竹内」と変更し、今に至ります。

ところで、近年SNSで情報発信する際に付ける「ハッシュタグ」の漢字表記は、実は「井桁」と表記されます。 創業時の社名にこめた想いに加え、これからは井ゲタ竹内がハッシュタグのような情報の起点となって、さまざまな有益な情報発信をしていかなければならないと考えています。





コーポレートアイデンティティ(CI)


井ゲタ竹内のコーポレートアイデンティティは、
1:理念体系(創業精神、社是、社訓、行動指針)
2:商品・サービス体系
3:ヴィジュアルアイデンティティ(VI)体系
の3つの要素を、井桁の精神にて「人」を要に三位一体で体現していくものです。

井ゲタ竹内の社員がつくる商品やサービスのすべては、井ゲタ竹内の 企業理念を反映したものであり、「井桁竹・井ゲタ竹内のコーポレートロゴマーク」はその品質を保証するものです。






創業精神

終戦後の間もない頃、創業者 竹内孝は、社会の役に立ちたいと心から考え、
地元境港で食品加工業を始めました。その決意・願いが、会社理念に込められています。

一、母の想い、母への想い
貧しくも孝を信じ、無理をして進学させてくれ、深い愛と筋の通った母・美代の生き方が 竹内孝の価値観の基軸となった。
中学時代に、母が作ってくれたお弁当のお菜は、小魚やするめを刻んだものを砂糖、醬油で炒ったものだった。それがごはんに染みてお昼のまたれぬほど美味しかった。この母の味が、創業時の味付けと心をこめた商品作りの原点となった。

一、命の恩返し
戦争に招集され戦地へ。戦地から欠かさず母へ書いていた手紙が孝の命を救った。
検閲で孝の手紙を読んで心打たれた上官が、戦地を転戦する際に、孝だけを日本へ還してくれた。部隊は転戦する途中に全滅。唯一、孝だけが生き残った。
孝は自分だけが生かされた意味と、意義、使命を終生、問い続けて、生涯を命の恩返しに捧げる決意をした。

一、すべて本物でなければならない
唯一生き残った孝は、真の社会に役立つ仕事を志し、命の源となる食品づくり、境港の山海の幸を活かせる佃煮づくりを始める。
命の恩返しを果たし続けるために、自分たちがつくる商品は小手先のものであってはならず、「すべて本物でなければならない」。
生かされた命を最大限社会に尽くすために、命がけの決意でもあった。

一、自然な味
戦後の急速な復興で公害や食品の安全性が大きな社会問題となっていた。
孝は安心・安全な素材で、素材が本来持つ「自然な味」を引き出す商品を「心をこめて」製造しなければならないと決意した。
母が自分に作ってくれた食事のように、美味しくて笑顔になり、命と健康の源となるような安心して家族に食べさせることができる食品づくりを目指し、命の恩返しを果たそうとした。

一、自分という資本の充実
命の恩返しを果たすため、すべて本物を準備したうえで、心をこめた自然な味を実現する。
そのためには、よい原料も、よい加工設備も、さまざまな知識や経験も、そしてそれを仕入れる資金も必要である。これらすべてを実現するためには、まずは自分という資本を充実させなければならない。
自分という資本を高めることによってはじめて、社会への貢献や会社の発展、そして従業員の生活向上に繋がる。
すべての土台として、まずは自分という資本を高め続けることが必要である。






社是・社訓制定にかけた想い

社是では会社としての進むべきこと、組織会社のあり方を示しています。
社訓は組織を構成する一人ひとりのあり方を記しています。
読んで字の如く、素直に実行し自らを振り返り見ることでもあります。
社訓を一人ひとりの行動の基本とした上で、会社として行うべき事としての社是に記されていることを
勇気を持って実行することで社会にも役立ち、社員も誇りを持てるものに成りたいということが
社是・社訓を実行して井ゲタ竹内のあるべき姿となります。

社是

一、心をこめた商品を作り 社会の潤となる
家庭の中で料理される食品は、食べてもらう人の姿を想像し、美味しいと思ってくれることを願ってつくられています。
私たちは、そのような気持ちを理解し、心をこめた商品作りをする。

私たちの心をこめた商品が、人々の気持ちを繋ぎ、心の潤いとなる。そのつながりが、社会の潤いとなる。
そんな社会によい循環をもたらす商品作りをしたい。
そのための努力を惜しみなく続けたいと考えています。

一、創意・計画・勇気をもって、希望に燃える会社とする
創意ということは、常に新しく考え、より良くするという意味を持っています。
より良くするためにはしっかり計画をし、確実に成し遂げるためにはまず、一歩踏み出す勇気を持つ必要があります。
いつも新しい事に挑戦し続けることから希望は生まれてきます。「希望に燃える会社とする」と記していますが、「希望のある会社」ではありません。強い意志をもって会社にとって希望となる事をやらなければ新しい地平は切り開けないという創業者自らの経験を言っています。

一、社員相互の融和をはかり信頼と秩序のある会社とする
「心をこめた商品を作り、社会の潤となる」「創意・計画・勇気をもって希望に燃える会社とする」
上記の二項を実行するためには、社内がまとまっていて、社員の力が相乗的に発揮できる状態になっていなければ実現されません。そのために、社員相互の融和が大切になります。
相乗的に力を発揮するためには、信頼をつくる努力が必要となります。
会社全体として、心がけるべき事であり、社員一人ひとりも実行すべきことです。

一、各自の能力を最大に発揮し全従業員の生活向上を期す
社員一人ひとりが持てる力を最大限発揮し、お客様の喜びと、豊かな生活の実現に貢献する。それが、会社の使命であり、社員の使命です。これによって、会社は成長し、全従業員の生活を向上させる努力をする。
会社の歴史は、社員の生活向上のため、最大の努力をするということの連続だった。
これからも、その努力を続けます。



社 訓

一、正直を根本とする

一、信用を重んずる

一、人の和を尊ぶ







井ゲタ竹内の目指す企業像

社員と経営者・その家族の幸せを井ゲタ竹内での仕事を通じてつくりたい。
それが社会と消費者に潤いを提供し続けることに繋がる会社であり続けたい。

【めざすべき井ゲタ竹内の企業像の方向】
①社員、経営者、その家族の幸せの実現
②心をこめた商品作りで社会と消費者の幸せに貢献
③社会の潤いを協創する起点となる企業活動(CSV&SDGs)
④役割を果たし続けるために安定的に継続発展し続ける


井ゲタ竹内という企業のめざす姿は、井ゲタ竹内の掲げている企業理念の実現です。
この企業理念を実現するための大前提として最も重要な事は、井ゲタ竹内を構成して
いる社員一人ひとり、そして経営者が自らの仕事に心からの喜び・幸せ、そして誇り
を感じる事です。
社員の働く喜びや幸せに裏付けられた商品は、自ずと心がこもっており、召し上がって
くださる人への愛と思いやりに溢れています。また、社員の誇りに裏付けられた商品
は決して品質に妥協を許しません。活き活きと喜び幸せを感じて働く姿にきっと家族
も安心と幸せを感じ、家族の安心と幸せを感じると社員・経営者はますます喜びと幸
せを感じるという好循環が生まれます。この幸せの好循環サイクルをつくり出す事が会
社の役割であり、社員の幸せがゆるぎない土台となってはじめて、井ゲタ竹内が企業
理念に掲げた社会と消費者に潤いを提供し続けることが実現できるのです。

まずは社員・経営者とその家族の幸せを実現すること。そのうえで企業理念を実現する。
井ゲタ竹内は、そんな会社でありたいと心から願い、その実現に向け努力し続けます。


代表取締役社長 竹内隆一郎







新・行動指針


(2023(令和5)年4月制定)

一、社員の和がすべての中心であり、すべての社員が井桁型に力をあわせます。
一、創業以来の伝統と想いを大切に継承し、すべてにおいて「本物」を目指します。
一、自然の恵みを大切にし、素材の良さが活きている食品をつくります。
一、人々の健康を支え、生活に役立ち、心を潤す食品をつくります。
一、創造と革新、挑戦を実践し、新しい価値を常に提案していきます。
一、知識を学び、技術を磨く事によって、さらに高い次元を目指します。
一、お客様と共感しあえる好循環をつくります。
一、環境を守り調和を大切にする努力をいたします。
一、働きがいのある活き活きとした会社をつくります。






ふるさと境港

日本の片隅に居てもこの世に
少しでも潤いになりたいと念じて居ます。

創業者・竹内孝は、山陰の四季折々の、のどかな田舎の、日常のなかにある風景が好きでした。よく書いた手紙には、時候の挨拶として、その情景を言葉としてしたためていました。みんなが知らない隠された絶景の場所をたくさん知っていて、自分達が存在している山陰という所の人と風土を心から愛し、山陰から生まれる産物が消費者にとって温かさを感じさせる製品づくりの土壌になるだろうと言っていました。

戦略的なものとしては「地の利、人の和、天の時」というものがあり、物事を成すのにこの3つが揃わないと事は進まない

というものがあり、物事を成すのにこの3つが揃わないと事は進まない』と言っていました。山陰の地の利を活かし、山陰からの人の和を大切にし、山陰での天の時を逃さず、行動に移していました。

現在の私たちも、創業者と変わらぬ気持ちを自然と受け継いでおります。ふるさと境港から、山陰の発展と潤を創出し、境港から社会全体の潤となる存在になりたいと想っております。

私たちの工場は、夜明けとともに雲雀がさえずり前の青い海は春の日差しが降り注いでいます。ぜひ一度おいでいただければと。

青い日本海から打ち寄せる波の音、緑の草原に囀る雲雀の声、ゆうゆうと空を飛ぶ鳶の姿にも私たちの幸を思う。私たちの田舎は、道を歩けば、蛙がピョコンと跳び雲の色は刻々と変わる楽しみがあります。

美保湾の向こうにくっきり大山が浮かびあの山のススキのっぱらに寝転んでみたいようなこの頃です。

白い雪、黒い日本海、鉛色の空。連日の吹雪のあと、大山は鮮やかな雪化粧をして美保湾に浮かび、見るたびに新たな山陰の冬景色を楽しんでいます。

絵:金畑実

山陰の風物をこれほどまでに追求し、写真の世界で植田の地位を確保した、ハッタリではなく平常のなんでもないものに、動きのつかない焦点をつかんでいる点は感心した。自分も境でもっともっと掘り下げていける。一見平凡で、然も誰もが求めている心のふる里を30年も40年も追い続けていけば、自分にも意図がはっきり掴め、それで初めて人にも自分の考えていることが説明できる。納得できる品が、できるのではないだろうか。海にカモメの飛び立つ風景(境の浜辺)を一枚選び出し、今年のパンフレットに使うことにし8時半辞去。金畑を川岡に送って10時に帰る。

(昭和4625日(金)植田正治氏との打ち合わせの後に)